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進化のイデア 第十二章(最終章)
進化のイデア
2020/03/14

進化のイデア 第十二章(最終章)

竹林隆光 たけばやしたかみつ、1949年東京都生まれ(2013年没)。大学からゴルフを始め、卒業後ゴルフメーカーに就職する一方で競技ゴルフを続ける。77年日本オープンではローアマを獲得。81年に独立し、フォーティーン創立。内外メーカーのヒットモデルを設計・開発。00年を迎えるころには自社モデルを幅広く展開。中空アイアン『HI-858』、強烈スピン『MT-28』ウエッジなど大ヒットモデルを世に送り出す。

進化のイデア 第十一章
進化のイデア
2020/02/14

進化のイデア 第十一章

ここ20年、クラブセッティングは大きく変化を遂げた。ドライバーは460㎤の大型ヘッド、アイアンはストロングロフト化がなされた飛び系アイアン、そしてボールにはロングショット時のロースピン化が施された影響で、ウェッジのセット本数が増えつつある。中でも大きな変化を見せるのは、ショートウッドの充実やユーティリティの浸透によるロング番手でのフレキシビリティだ。プロの世界でも2番アイアンが消え、3番が消え。5番や6番アイアンからのセッティングも決して珍しいものではなくなった。 振り返れば、80年代にプロギアから『インテスト』が登場、タラコの愛称で親しまれ、90年代に入るとキャロウェイが『ヘブンウッド』で、ショートウッドに新たな風を吹き込む。90年代後半には再びプロギアが『ズーム』でユーティリティブームに火をつけ、リョービの『ビガロスメディア』が多くの支持者を集めたのも記憶に残る。 そうした中、別の角度から生まれたのがフォーティーンの『HI-858』だった。 「機能に優れるもののいまひとつ評価されないのが中空アイアンでした。ならば、これが中空アイアンの威力だというものを作りたかった」。 この連載の第三章で触れたように、スタートの思いはそこにあった。 「ウッドからアイアンにかけ形状がリニア(直線的)に変化するクラブを作りたい」。 ゆえに、『HI-858』は単品としてではなく、#2〜SWのアイアンセットとして設計された。が、がぜん評価されたのはロングアイアン。「寝起きでも打てる」、そんな声も聞こえてくるほどで、02年の日本ツアーではユーティリティ部門で使用率1位に輝く。 当初こそプロの反応はまちまちだったという。しかし、ある1打が状況を一変させた。 宮里優作、当時類いまれなるトップアマとして鳴らし、プロトーナメントでも互角に渡り合う力を見せた。そして優勝争いを演じた大会で、アゴの高いクロスバンカーから、ものともせぬ高弾道。 「あのクラブは何だ!」。 プロの間に衝撃が走ったのは01年。そして02年の使用率1位へ。その人気は海外にも飛び火して、同年にはアーニー・エルスの全英オープンVにも貢献した。 「とくにプロ用として考えていた長い番手は全英オープンも想定に入っていました。強風が吹き荒れる全英オープン、風の影響を受けにくいクラブが絶対必要になる」。 まさにドンピシャ、狙いどおりの結果となった。 「あの時は、1発だけでいいから、そういう約束でエルスに渡したんですね。ところが1発打ったとたん、もう1発、もう1発と……。米ツアー会場でのことでしたが、そのまま全英でも使ってくれました」。 若くしてメジャーを制し、一時期遠ざかっていたこともあったのだろう。優勝のインパクトは強烈だった。

進化のイデア 第十章
進化のイデア
2020/01/14

進化のイデア 第十章

竹林隆光 たけばやしたかみつ、1949年東京都生まれ(2013年没)。大学からゴルフを始め、卒業後ゴルフメーカーに就職する一方で競技ゴルフを続ける。77年日本オープンではローアマを獲得。81年に独立し、フォーティーン創立。内外メーカーのヒットモデルを設計・開発。00年を迎えるころには自社モデルを幅広く展開。中空アイアン『HI-858』、強烈スピン『MT-28』ウエッジなど大ヒットモデルを世に送り出す。

進化のイデア 第九章
進化のイデア
2019/12/14

進化のイデア 第九章

[[常に長尺の道を 歩んできた]] 90年代後半、竹林は世間をあっと驚かすクラブを送り出す。GET LONGEST DRIVEの頭文字から取った『ゲロンディー』ドライバーがそれだ。何が驚きだったかと言えば、48インチ、その長さにあった。 当時の長さを平均すれば44.5〜45インチといったところ。そこへいきなりの3インチ(7.62㎝)アップ。その名が意図するとおり、「誰よりも遠くへ飛ばしたい」という願いをかなえるドライバーだったが、当初ゴルファーは面食らったような印象もあった。というのも、とかく長尺に対してゴルファーはまゆをひそめる傾向にあるからだ。 ただ、それは織り込み済みのことだった。42.5インチないし43インチの時代に44インチ、44インチ時代には45インチ、常に一歩先の長さを提案してきたフォーティーン。その都度、ネガティブな反応はあったものの、結局クラブもゴルファーも長尺の道を選んできた。フォーティーンは長さが飛ばしに有利なことを確信し、そのスタンスがぶれることは一度としてない。 「正直言えば48インチはやりすぎかな、そう思う部分もありました。ただ、当時は新しい機能を持ったクラブが出てこない時代で、売れない、売れない、皆、口を揃えたようにグチをこぼしていました。そんな閉塞感を打ち破りたかった。私には珍しく“使命感”にかられたんですね(笑)。ですから、よりインパクトある長さにこだわりました」。 90年代序盤から始まった低重心競争が一段落し、新しい方向性が見えてこなかった時代。そんな中での48インチ。振り返れば、“超尺ブーム来る”など、長尺を超え、「超尺」なる言葉も生まれ、雑誌でもいろいろな企画が組まれた。 確かにその飛びは圧倒的で、他メーカーも即座に反応。さらに、片山晋呉や横峯さくらの使用も手伝って、48インチはゴルフ界に新しい風を吹き込んだ。

進化のイデア 第八章
進化のイデア
2019/11/14

進化のイデア 第八章

竹林隆光 たけばやしたかみつ、1949年東京都生まれ(2013年没)。大学からゴルフを始め、卒業後ゴルフメーカーに就職する一方で競技ゴルフを続ける。77年日本オープンではローアマを獲得。81年に独立し、フォーティーン創立。内外メーカーのヒットモデルを設計・開発。00年を迎えるころには自社モデルを幅広く展開。中空アイアン『HI-858』、強烈スピン『MT-28』ウエッジなど大ヒットモデルを世に送り出す。

進化のイデア 第七章
進化のイデア
2019/10/14

進化のイデア 第七章

竹林隆光 たけばやしたかみつ、1949年東京都生まれ(2013年没)。大学からゴルフを始め、卒業後ゴルフメーカーに就職する一方で競技ゴルフを続ける。77年日本オープンではローアマを獲得。81年に独立し、フォーティーン創立。内外メーカーのヒットモデルを設計・開発。00年を迎えるころには自社モデルを幅広く展開。中空アイアン『HI-858』、強烈スピン『MT-28』ウエッジなど大ヒットモデルを世に送り出す。

進化のイデア 第六章
進化のイデア
2019/09/14

進化のイデア 第六章

竹林隆光 たけばやしたかみつ、1949年東京都生まれ(2013年没)。大学からゴルフを始め、卒業後ゴルフメーカーに就職する一方で競技ゴルフを続ける。77年日本オープンではローアマを獲得。81年に独立し、フォーティーン創立。内外メーカーのヒットモデルを設計・開発。00年を迎えるころには自社モデルを幅広く展開。中空アイアン『HI-858』、強烈スピン『MT-28』ウエッジなど大ヒットモデルを世に送り出す。

進化のイデア 第五章
進化のイデア
2019/08/14

進化のイデア 第五章

竹林隆光 たけばやしたかみつ、1949年東京都生まれ(2013年没)。大学からゴルフを始め、卒業後ゴルフメーカーに就職する一方で競技ゴルフを続ける。77年日本オープンではローアマを獲得。81年に独立し、フォーティーン創立。内外メーカーのヒットモデルを設計・開発。00年を迎えるころには自社モデルを幅広く展開。中空アイアン『HI-858』、強烈スピン『MT-28』ウエッジなど大ヒットモデルを世に送り出す。

進化のイデア 第四章
進化のイデア
2019/07/14

進化のイデア 第四章

[[同じ考えを持った メーカーが出現]] 81年、晴れて竹林は独立、群馬にゴルフクラブ工房フォーティーン(当初は藤岡、その後現在の高崎へ)を設立する。主に設計委託中心のスタートだったが、早くも大資本、なんと横浜ゴム(プロギア)から依頼が入る。 プロギアがスポーツ事業分野に本格参入したのは83年。同年には、既存品とは異なるヘッドスピード別設計ボールを発表。その第2弾として、同じくヘッドスピード別に設計したクラブ(アイアン)、それが竹林に出されたリクエストだった。 「ゴルファー別にクラブを作る、それは私たちがずっとやってきたことだったので、やっと自分たちと同じ考えをもつ会社が現れた、そんな思いを抱いたものです」 手掛けたモデルは『500シリーズ』(3機種)。「三兄弟」とアピールされた中空アイアンだった。 「ヘッドスピード別に、理想的な重心距離、重心深度、重心高に設計したクラブです。重心距離や重心深度に関して言えば、ヘッドの慣性モーメントで考えればもっと分かりやすかったのでしょうが、当時はその概念がなく重心距離、重心深度、それぞれの視点から設計。ただし全番手が中空というわけではなく、例えばハイヘッドスピーダー用はロングアイアンだけ、ローヘッドスピーダー用はミドルアイアンまでと、ヘッドスピードに応じた中空構造を採用しました」。 発想も技術も、当時は群を抜いていた。『500シリーズ』には、新機軸から当時のタブーまで、その数々が詰まっており、クラブ作りの大きな分岐点となったモデルになった。

進化のイデア 第三章
進化のイデア
2019/06/14

進化のイデア 第三章

竹林隆光 たけばやしたかみつ、1949年東京都生まれ(2013年没)。大学からゴルフを始め、卒業後ゴルフメーカーに就職する一方で競技ゴルフを続ける。77年日本オープンではローアマを獲得。81年に独立し、フォーティーン創立。内外メーカーのヒットモデルを設計・開発。00年を迎えるころには自社モデルを幅広く展開。中空アイアン『HI-858』、強烈スピン『MT-28』ウエッジなど大ヒットモデルを世に送り出す。

進化のイデア 第二章
進化のイデア
2019/05/14

進化のイデア 第二章

竹林隆光 たけばやしたかみつ、1949年東京都生まれ(2013年没)。大学からゴルフを始め、卒業後ゴルフメーカーに就職する一方で競技ゴルフを続ける。77年日本オープンではローアマを獲得。81年に独立し、フォーティーン創立。内外メーカーのヒットモデルを設計・開発。00年を迎えるころには自社モデルを幅広く展開。中空アイアン『HI-858』、強烈スピン『MT-28』ウエッジなど大ヒットモデルを世に送り出す。

進化のイデア 第一章
進化のイデア
2019/04/14

進化のイデア 序章

竹林隆光 たけばやしたかみつ、1949年東京都生まれ(2013年没)。大学からゴルフを始め、卒業後ゴルフメーカーに就職する一方で競技ゴルフを続ける。77年日本オープンではローアマを獲得。81年に独立し、フォーティーン創立。内外メーカーのヒットモデルを設計・開発。00年を迎えるころには自社モデルを幅広く展開。中空アイアン『HI-858』、強烈スピン『MT-28』ウエッジなど大ヒットモデルを世に送り出す。